美を作る者 伝える者の使命 ペ・ヨンジュン著「韓国の美をたどる旅」


ここに、かつて心に刺さった意味のある本があります。

ペ・ヨンジュン著「韓国の美をたどる旅」。ご存じ、ヨン様の著書。2009年に出版された本ですが、私が手にしたのは2015年のことでした。

伝統文化、伝統芸能、伝統工芸をおいかけてきた自分にとって、テーマそのものが、どストライク。発見や共感に溢れ、無駄な事柄、言葉はひとつもありませんでした。そして、読後「もう旅の”ガイドブック”を作るのはやめよう」と決心しました。綴られたペ・ヨンジュン氏の想いが深く胸に刺さって、自分の迷いも、戸惑いも消えました。何故ならば自分が伝えたいと思うものを汗水流して時間をかけて丁寧に作ることを大切にしたいから。

本書は、ご自身が美しいと感じる「韓国」のものを訪ね、先人に学びつつ取材・撮影、執筆。厚く400ページを超え、韓国文化の資料ともいえる充実した内容です。好きなこと、伝えたいと思うことをコツコツと寸暇を惜しんで努力する姿勢が素晴らしい。そうだ、私もこういう本を作りたかったんだと思い知らされました。

ぺ・ヨンジュン氏の見方も変わりました。勿論、良い方に。

祖国を愛し、誇りに思っていることがページの端々からこぼれ、内容もタレント本の域を越えています。

ファンではないので、報道されている程度でしか彼を知りません。でも、とても数奇な人生を歩まれている印象があります。日本で脚光を浴び、大きなブームを巻き起こし、韓流という流れは、この「ヨン様」に続き、政治家が成し得なかった国交を果たしたのは周知の事実。

しかし本人にとって役者は生業じゃなかったんですよね。実業家に転身、成功して自分らしく生きること、仕事を手に入れた稀有な人。こういう宿命を背負っている人ってそう多くはないと感じます。

今朝、久しぶりに本棚から取り出し眺めていたら懐かしい記憶が蘇りました。2011年~2012年春まで、せっせと韓国に通った時期がありました。初めて韓国に行ったのは2006年ですが、その直後から韓国時代劇が好きになり、歴史や文化に興味を持つようになりました。









それから数年を経て、行きたいと思っていた史跡や陵、寺院他をひとりで、時に友人たちと巡りました。

この話題に触れた機会に、その一部を写真と共にご紹介します。







初韓の際は、ごくごく普通に半日観光で景福宮を見学しただけ。そのため、念願のソウルの古宮(景福宮、昌徳宮、慶煕宮、昌慶宮、徳寿宮)や宗廟、時代劇に登場する王や王妃の御陵を回りました。中国の属国であったことから中国文化との融合が各所に見られ、風水も重用されています。そのため、吉祥モチーフが散りばめられ、色も豊富です。


偉人や王様のお墓参り好きな私。「宮廷女官 チャングムの誓い」で日本でも知られるようになった李氏朝鮮王朝11代国王・中宗や妻の文定王后陵、中宗の父母の成宗、貞顕王后などといったソウルの各御陵も参拝しました。







古宮も陵も、桜や紅葉の時期に巡ると、とても美しく趣があるんですよ。

長い時は2週間、短くて1週間滞在し、とにかく韓国中を飛び回る(笑)。他国も同様ですが、多い時は毎日3万歩を歩き、足腰がガチガチに。休みもしないので旅で過労死するかと毎々思いますが、やめれらません。

また百済の都があった扶余。新羅が栄えた慶州も念願の地でした。

まずは扶余。百済終焉の地、白馬江の美しく切ない夕陽……。

歴史テーマパーク「百済文化団地」では、味のある演技で好きな俳優チョ・ジェヒョンさんの出演作『階伯(ケベク)』の撮影シーンに出くわしドキドキ。お目当てはドラマ「ソドンヨ」の最終回に登場した国立扶余博物館に所蔵される百済金銅大香炉。「やっと逢えた」と感涙もので、嬉しく感動したものです。



扶余を訪ねた翌日(一度ソウルに帰って)、今度は一泊で慶州、新羅の都へ。当時好きだったドラマ「善徳女王」の所縁の地を訪ね、女王や三国統一に貢献したキム・ユシン将軍のお墓参りも果たしましたが、一方とても複雑な気持ちに。人も物も根絶やしにされた百済に対し、新羅は勝者の土地。古い史跡や文化財も豊富に残っていました。その栄華がかえって、前日の百済のわびしい面影を思い出させ、なんともいえない悲しみを抱きました。






友人2人と出かけた旅も懐かしい。

その頃、ソウルに語学留学中だったフリーアナウンサー、ひろたみゆ紀さんと私は、日本と韓国を結んでラジオ番組を作っていました。ひろたさんがメインパーソナリティー、私が作家。その縁で、ひろたさんを頼って度々韓国へと出かけることになったのです。

ひろたみゆ紀
6月25日生まれ 栃木県出身 特技:韓国語 趣味:DIY
元NHK宇都宮放送局のキャスター レディオベリー(エフエム栃木)アナウンサー 、2001年からフリーに。以降、ニッポン放送でアシスタントやリポーターを務めるなどフリーアナウンサーとして活動。2009年、語学留学のため、渡韓。卒業後は現地で日本語を教える傍ら、2011年4月より翌年6月までレディオベリーの韓国情報番組『K-ONECT』のパーソナリティを務めていた。韓国語と韓国の生活文化を身につけ、2012年9月に帰国。現在はニッポン放送アナウンス部に所属。
ひろたみゆ紀のサンデー早起き有楽町

さて、私たちを案内してくれたのは、韓国の友だち、ヤン・ジョンミン。夫と共に日本に留学し、宇都宮に住んでいたことから仲良くなりました。しかし、前年離婚し帰国。そのため、この時が初の韓国での再会。彼女は忠清南道に住んでいたのですが、はるばるソウルまで車で迎えに来てくれました。

そして、さすが私のトンセン(妹)、「オンニ(お姉さん)、韓国の結婚式見てみたいでしょ?」と好奇心とマニアの願望を察して(笑)、同級生の結婚式に連れて行ってくれました。




飛び入り参加も歓迎の韓国の結婚式。招待客は食券のようなものを渡され、ビュッフェで自由に食事をします。出席者の装いも平服です。



ソウルから確か高速道路で1時間半ほどかかった街だと記憶します。この結婚式の最中、ジョンミンに言われたことが印象的でした。

「ここは観光地ではないので、みんなオンニたちが珍しいんですよ」
「どうして?」
「日本人だから。多くの人が、今、初めて本物の日本人を見ていることでしょう。そして、ここで外国人を見ることは滅多にないことなんです」

自分にとっての当たり前が、簡単に崩れた瞬間。こちらから見ると姿形はよく似ているはずなのに、私は日本人で、異邦人なんだ。


左から、ひろたさん、ジョンミン。その同級生ご夫妻

私たちを迎えてくれたのは新婦を始め、ジョンミンの同級生たち。日本語を片言で話せる人もいたし、日本の流行にも敏感。みなさん、ジョンミンの「日本のオンニ」と歓迎してくれたので思い出す度に胸がいっぱいになります。

夕方からは彼女の故郷、清州を代表するユッコリ総合市場を案内してくれました。各国で市場を巡るのが好きな私には、たまらない時間、濃厚な空気、韓国の匂い。









夜は、彼女の実家に宿泊。

お母さんが作ってくれた、じゃがいものカルグクスは、この滞在時一番の想い出であり、名もなき一家の人生が沁み込んだ味。

ジョンミンは料理を並べながら言いました。

「お母さんは生まれつき手が不自由です。カルグクスは本来、麺料理ですがお母さんには作りにくいので、すいとん風にしています。家は昔から貧しく、ご馳走は作れませんでした。でも、お父さんや私たち兄妹を喜ばせたいと作ってくれるのが、このカルグクスで私の大好物です。そして、大切なお客様が来た時にもお出しする我が家の自慢料理です。だから、私は日本に住んでいる時からオンニにこれを食べて欲しかったんですよ」

見ればお母さんには、ない指、不自然に短い指がありました。

出汁はじゃがいもと米のとぎ汁だけなのに旨味に溢れ、お世辞抜きでおいしかった。これを超える料理に、この先出逢えるかどうか……。

よく「どの国が一番好きですか?」とか「好きなホテルはどちらですか?」とか「今までで一番おいしかった料理を教えてください」と尋ねられます。結局、「誰と旅をするか」「誰と食べて、どう過ごしたか」が重要だと考えるので、”おススメ”を求められても、いつもストレートに答えることができません。しかし、「韓国で今まで食べた中で一番の美味は?」と尋ねられたとしたら、私は躊躇わずジョンミンオンマ(お母さん)のカルグクスと答えるでしょう。




さて、この頃は自分の知的好奇心を満たすために出かけ、ついでに取材をしてくる感じで、のびのび旅をしていたように思います。
ドラマの名シーンに登場する風景を撮りに出かけるのも楽しく、ジョンミンとひろたさんと一緒に安東河回村(アンドンハフェマウル)を訪ねました。





安東河回村は世界遺産に登録される両班の村。S字をした洛東江に因んで河回村と名付けられています。樹齢600年の御神木・ケヤキを中心に、洛東江に向かって瓦葺きや藁葺きの韓屋が建てられています。

舟で河を渡って芙蓉台から見渡すこの風景は独特。大きくうねった河の形状はパワースポットの証。今なお子孫が住み、守り続けていることに納得がいきます。




また、伝統行事・韓国伝統花火や河回別神グッ仮面劇という伝統芸能が受け継がれていて、日々数回上演されています。





散策の合間に安東名物チムタク(鶏の甘辛煮)と塩サバを頂きました。韓国ドラマフリークとしてはオンドルの入った韓屋造りの、しかも床几の上で一度はご飯が食べたかった(笑)。その念願もここで達成。






花曇りの少し寒い2011年11月中旬。食堂のハルモニ(おばあさん)、ハラボジ(おじいさん)が用意してくれた手作りご飯。掲載した写真は、ほんの数場面ですが、この日は一日中楽しかった、沢山笑った日。

独特な趣きのある村は、車の乗り入れが禁止されていることもあり、周囲とは切り離され、ゆっくりと時間が流れているようです。駆け足の観光ではなく、次回は民宿に泊まって”佇んでみたい”と思いました。




しかし、2012年8月、イ・ミョンバク(李明博)元大統領の竹島上陸騒動が起こります。話しは冒頭のペ・ヨンジュン氏の話しに戻りますが、彼があっという間に近づけた日本と韓国をイ・ミョンバク元大統領は一気に切り離した、そんな気がした出来事でした……。

それを境に韓国での反日感情、日本での嫌韓ムードが高まり今日に至ります。同じくして私の心が韓国から離れたのも事実です。同時に、とても残念だと思い続けています。

簡単に政治や思想は変えられない。生まれた距離の隙間に冷たい風が吹いていて止まりません。しかし、なくていい国なんてあるはずがない。況して、いなくていい人もいない。


清州、安東河回村の旅の終わりにジョンミンが記念にとプレゼントしてくれた韓服のベア

どんな時も「旅」は私たちを幸せにしてくれます。だからこそ微力ながらも、あの楽しかった日々に勝るとも劣らない旅の提案を自分に、そして皆さんにしていけたらと思い始めています。それは、ペ・ヨンジュン氏が祖国の美を綴ったように、私の愛する日本の美を伝えるべく……。



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